「籔内佐斗司」カテゴリーアーカイブ

森川杜園展に寄せて 其の二

緊急事態宣言が解除されましたら観覧しようと思います・・・本日は森川杜園展に寄せて第二弾でございます。

森川杜園展に寄せて 其の二
奈良県立美術館館長・籔内佐斗司
 私がまだ東京藝術大学の学生だったころ、東京国立博物館本館の常設展を観ていたときのことです。
第一室の考古遺物から順に巡って、最後の近代彫刻の部屋で、高村光雲の『老猿』や佐藤朝山の『蜥蜴』などと並んで真っ黒に煤けた小さな法隆寺九面観音立像が展示されていました。
「なぜこんなに古い仏像が近代彫刻の部屋に展示されているのかな?」と訝しく思いつつよく観ると、「模造 森川杜園」と題簽にありました。
これが私の杜園初体験でした。本像の原本は、唐代の江南で造られて奈良時代に舶載されたと思われる檀像彫刻の傑作で、もちろん国宝です。
像高は38センチ、蓮台から瓔珞や胸飾、天衣までのすべてを一木の白檀から彫り出した本像を、杜園は見事に再現しただけでなく、正直に申し上げると、彫技は原本よりも優っているのではと密かに私は思っています。
そして嬉しいことに今回の「杜園展」には、この九面観音立像も出品されます。
そこで今回は、この見事な模造を造った森川杜園の木彫技術と彩色について、彼に影響を与えたひとたちと合わせてお話しさせて頂こうと思います。
 柴田是真(しばたぜしん、1807−1891)は、幕末から明治を代表する蒔絵師で、江戸の漆工細工を近代工芸に導いた人です。
それまでの蒔絵職人とちがい、自ら見事な図案を描きました。四条派の絵を学ぶために京都へも遊学し、和歌や国学にも親しみ、頼山陽には書を学んだたいへんな教養人でした。
若き杜園は、その是真に出逢い、作風だけでなく人柄に大きな感化を受けたといいます。
このように幕末の文化人は、各地をかなり自由に歩き回って交流を深め、高い教養を身につけていたことに驚きます。
 杜園の直接的な絵画の師匠は興福寺修南院に所属していた役人・内藤其淵(ないとうきえん)でした。
彼は鹿の絵を得意とし、彼が描いた迫真の鹿図の衝立に牡鹿が襲いかかったという逸話もあります。
杜園が彼から修得した彩色技術は秀逸であったことは、彼の木彫彩色が、今もほとんど剥落することなく堅牢であることからも伺えます。
そして写真が珍しかった当時、博物館行政の父と謳われた町田久成(1838−1897)から公式記録のために依頼された正倉院御物などの写生や模造も実にみごとです。彼の彩色技術がいかんなく発揮された『金峯山寺経塚出土金銅経箱』の模造作品もお見落としのなく。これは金銅製ではなく、木造彩色ですから、くれぐれもだまされないように。
 彼は、1877年に開催された第1回内国勧業博覧会に『蘭陵王』と『鹿』を出品して好評を博し、1893年のシカゴ万国博覧会では大作『牡牝鹿』を出品するなどして、木彫家としての名声を全国的に確立しました。
その他にも、仏像の修復も手がけ、破損のひどかった興福寺の天灯鬼・龍灯鬼を現在の形に修復したのは杜園といわれます。
その成果に基づいて制作した『龍灯鬼』は、第2回内国勧業博覧会(1881)に出品され、妙技二等賞を受賞しています。
ちなみに「勧業博覧会」の名称からも分かるとおり、明治初期の美術工芸は、殖産興業や輸出振興を主眼とする農商務省の管轄でした。
これらを藝術分野として文部省の管轄にしたのは、町田の後輩である岡倉天心(1863−1913)でした。
 こうやってお話ししていると、私自身が『杜園展』会場で一日も早く実物に再会したい思いにかられています。
図版クレジット; 東京国立博物館蔵 模造 法隆寺九面観音立像 森川杜園作
*内容・画像は籔内佐斗司氏のSNSよりお借りしました。

 


 

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森川杜園展

本日は籔内佐斗司氏のSNSより・・・・・・

 

 

 

 

森川杜園展に寄せて 其の一
奈良県立美術館
館長・籔内佐斗司
 幕末から明治にかけて、さまざまな分野に驚くべき才能を持った俊英が日本全国にたくさん現れ、近代日本の黎明期に大活躍しました。
それは、政治・経済や産業分野だけでなく、学門や美術工芸においても、枚挙に暇がありません。
人口が今の四分の一くらいだったことを考えると、その数は驚異的です。わが国が、この激動期にこれだけの人材を輩出できたことは、江戸時代の幕藩体制が築き上げた類い希なる文化国家の成果であったといえるでしょう。
 私は、奈良の痛快漢・森川杜園(もりかわとえん、1820〜1894)もそのひとりに加えたいと思います。
幕末から明治にかけて大きく揺らいでいた神仏習合の宗教都市・大和国に、彼のような多才なアーティストが生まれたことは、当時のこの土地の文化程度の高さを物語っています。
 彼は、幼いころから絵画、木彫、狂言を貪欲に学び、またその才能ゆえに多くのひとびとから愛された異才でした。
興福寺御用の絵師で鹿の図を得意とした内藤其淵(ないとうきえん)に絵画を、木彫り師・岡野保伯に奈良人形の手ほどきを受け、やがて明快な彫刻面で構成される奈良一刀彫りの第一人者となりました。動物や舞楽や能楽を題材にした優れた木彫作品を制作しましたが、その造形は古様に倣っただけでなく、ひとめで杜園作とわかる童子体型で、滑稽味と味わいのある個性を持っています。
今は奈良町といわれる元興寺近辺の町屋に暮らし、興福寺や春日大社とも縁が深く、また能楽・狂言にも長けていました。
特に、狂言は自宅に稽古舞台を造るほどの打ち込みようで、当時の大舞台にも声がかかるほどの巧者であったといわれます。ですから、彼を木彫家で括ることには無理があります。
 そして杜園の自筆ではないかと言われているこの舞台の鏡板は、現在、春日大社で保管されているとか。
また彼の旧宅は奈良市中新屋町に現存していますが、現在の所有者が遊び心溢れる「ならまち刀剣ショップ杜園」を経営し、奈良町を訪れる観光客にも人気があります。
空襲を受けなかった市内に残っているこうした奈良の文化財は、日本の宝です。
 森川杜園の生涯を知るには『藝三職 森川杜園』(燃焼社、2012)がお薦めです。
これは、大津昌昭氏の綿密な考証と見事な筆致で展開する「伝記小説」なのですが、のんびりした大和弁のひとり語りがあまりにもよくできているために、杜園先生から直にお話を伺っているような錯覚を覚えるところが、ちょっと危険な書物です。
「これは、小説、小説」と確認しながら読み進める必要があります。
 奈良県立美術館の秋の企画展『生誕200周年記念 森川杜園展』が、9月23日(木・祝)から始まります。美術館では、ただいま展示と準備の真っ盛り。
そして、木彫家である私は、森川杜園について語りたいことは山ほどあります。11月14日(日)までの会期中に、あと何度か寄稿したいと思いますので、どうぞお楽しみに
*画像・内容は籔内佐斗司氏よりお借りしました。

 

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必勝 信貴坊(しぎぼう)

籔内佐斗司氏の来年の干支「寅」にちなんだ作品の続報です。

 

 

 

 

 

来年の干支「寅」にちなんだ作品の続報です。
1400年前に、仏法興隆を願って排仏派の物部守屋と戦った聖徳太子(厩戸皇子)は、寅年、寅日、寅刻に毘沙門天に戦勝を祈願し、そのご加護で「丁未の乱」に勝利したと、生駒山の信貴山朝護孫子寺の寺伝にあります。
「必勝 信貴坊(しぎぼう)」は、張り子の虎に跨がった勇敢な童子です。
本作は木彫作品ですが、これを原型にブロンズ作品も製作中です。
寅の首はゆらゆら動きます。どうぞお楽しみに。
-写真の作品-
作品名:「必勝 信貴坊(しぎぼう)」
材質:檜、漆、顔料、金箔
*内容・画像は籔内佐斗司氏よりお借りしました。

 

 


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美術館の社会的役割

本日は奈良県立美術館 館長 籔内佐斗司氏のSNSより・・・・・前回掲載しました「8月15日に思うこと」の流れから・・

 

 

美術館の社会的役割
奈良県立美術館 館長・籔内佐斗司
 私が8月22日に寄稿した『8月15日に思うこと』に対し、ある県民の方から「籔内館長の上記投稿について、非常に注意を要する話題であり、学術的にもまだ定説となっていない物を、あたかも真実の様に断言するのは公立美術館の公式ページ上に掲載することがふさわしいのか疑問です。」
「美術館の活動と直接的に関係のない、館長個人の思想、主張を、米中韓の作品を展示することもある美術館の公式ページ(=奈良県の公式ページ)に載せ、要らぬ炎上でも引き起こしてしまったら、美術館の今後を左右することにもなりかねません。・・・」という趣旨の投稿を、県庁のウエブサイトに頂戴しました。
とても真摯なご意見と、当館へのご心配を頂いたことに対し、心より感謝申し上げるともに、私なりのご回答を差し上げました。
 以下はそれをもとに、「美術館の社会的役割」と題して書き改めたものです。
 私は、コロナ禍の4月に奉職後、まずネット上に「館長の部屋」「学芸員の部屋」を開設し、事務的な情報告知だけでなく、職員の生の声を発信することで、生きている美術館を知ってもらおうと努めてまいりました。
また途中休館を余儀なくされた『高島野十郎展』では、動画での発信にも力を入れました。
いずれの取り組みも多くのみなさまからとても好意的に受け取めて頂き、大変ありがたいことだと感じています。
 さて今回の寄稿『8月15日に思う』につきましては、日本人にとって決して忘れてはならないこの日について、子供の頃から疑問に思っていたこと、永く考えてきたことも踏まえて熟考してエッセイにまとめました。
引用した関係者のセリフは、米国の公文書や公式フィルム、アカデミー賞を受賞したドキュメンタリー映画などで公開されているものですので、「学術的にもまだ定説となっていない物」というご指摘は当たらないのではと考えます。
 また現代の日本の政策決定や日本人の行動原理に、占領軍によるWGIP(戦争犯罪広報計画)の効果が70年を経ても少なからず影響していることは、多くの歴史学者や社会行動学者、心理学者の認めるところです。
そして靖国神社の合祀問題については、近隣諸国が敏感に反応するにも関わらず、なぜ日本の為政者が敢えて参拝を続けるのか、若い人たちに日本人の死生観やこころについて考えるきっかけとなるよう、問題提起いたしました。
 ニュルンベルク裁判の公式記録フィルムには、裁判の冒頭に首席検事・Robert Jackson氏が「彼ら(戦争犯罪人)の肉体は滅びても、その(邪悪な)魂は永遠に生き続ける」と宣言しています。
また判決後に絞首刑となった戦犯たちの遺体が、キリスト教的な埋葬をされずに焼却され、川に流されている場面が映されています。
このことは、この裁判が、日本人の伝統的な死生観とは違う、キリスト教文化の思想に基づいていることを物語っています。
このことだけでも、文筆家はいくつもの文芸作品を生み出せるでしょうし、芸術家には創作表現の源泉となり、そして美術館には展覧会の企画の種となるでしょう。・・・・・
*以下は、奈良県立博物館Facebook https://www.facebook.com/narakenmuseum/ をお読み下さい。
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画像クレジット;
ニュルンベルク裁判の被告席
ニュルンベルク裁判で冒頭陳述を行うJackson首席検事
籔内佐斗司

 

 

 

 

*画像・内容は籔内佐斗司氏よりお借りしました。

 

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War Guilt Information Program(WGIP)

本日は奈良県立美術館館長・籔内佐斗司氏のSNSより・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

8月15日に思う
奈良県立美術館館長・籔内佐斗司
 8月15日は、感慨深い日です。従軍経験のあった私の父は、軍隊生活を「地獄やった」と嫌悪していましたが、戦争に負けた日本が悪かったとはまったく考えていませんでした。
祝祭日にはかならず日の丸を掲揚していましたし、皇室も敬っていました。
私が高校生の頃、新左翼にかぶれたときは、頭ごなしに否定しないで、真剣に語り合おうとしてくれました。
そんな父のおかげで偏向した思想を持たずにすんだように思います。
 戦後の日本が外交の拠り所としている国連は、第二次世界大戦時の日独伊の枢軸軍・Axis Powersと戦うために結成された連合国軍・Allied Forcesが原型です。
そして国連憲章第53条には、いまだに枢軸国を対象にした「敵国条項」が残っています。また国連内の公用語は、戦勝国である英語、仏語、露語などとともに中国語も入っていますが、公式の会議において日本語での発言は認められません。
 主権回復して70年も経つのに、横田、岩国、嘉手納の三つの米軍基地を中心とした広大な空域の上空7000mまでは米軍の管制下にあります。
そしてそこを通過するすべての航空機は、その都度米軍の許可が必要であり、その監視下に置かれます。
ドイツやイタリアの全空域は、それぞれの国内法が適用されているにもかかわらずです。
 1945年の敗戦後の日本で実施されたのが、War Guilt Information Program(WGIP、戦争犯罪広報計画)という占領政策でした。
占領軍文書によると「(占領軍が)東京に入ったとき、日本人の間に戦争への贖罪意識は全く存在しなかった。
(略)日本の敗北は単に産業と科学の劣性と原爆のゆえであった」と考えていたために、7年間の占領期間に、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)は、戦争への罪悪感を日本人に植えつけようとしました。
そしてそれは、米軍による無差別爆撃や原爆投下によって、非戦闘員の市民を何十万人も殺戮したことは、日本人を軍国主義者から解放するためのやむを得ない行為で、国際法に抵触するものではなかったと洗脳することに成功しました。
しかし私たちは、東京裁判において、インド人のPal判事が、戦勝国側が主張した主な訴因である平和と人道の罪に疑義を呈し、「それならば、連合国の戦争犯罪も裁かれるべきだ」と主張した正論を学校でしっかり教えるべきでしょう。
また、陸軍中将で思想家の石原完爾氏は、「歴史をどこまでさかのぼって日本の戦争責任を問うのか」と判事側に質し、「およそ日清・日露戦争まで遡る」との言質を引きだし、「それなら、ペルリ(ペリー)をあの世から連れてきて、この法廷で裁けばよい。
もともと日本は鎖国をしていて、朝鮮も満州も不要であった。
日本に略奪的な帝国主義を教えたのはアメリカ等の国々ではないか」。
現代にこれだけの正論を堂々と展開できる報道機関や政治家が右にも左にもいないことは、WGIPの呪縛がいまだに解けていないことの証でしょうか。
 一方、ベトナム戦争時の国務大臣であったRobert McNamara氏の回想録フィルム『Fog of War』で、第二次大戦中の自身の上官であった空軍司令官Curtis LeMay将軍(1906−1990)が、日本の大都市のみならず中小都市への焼夷弾での無差別爆撃と二発の原子爆弾投下を指揮したことについて、「もし米国が日本に負けていたら、われわれは戦争犯罪人として裁かれていた」と述懐し、自分が確信犯であったことを認めています。
しかし1964年の東京五輪の年に、航空自衛隊創設の功により、彼に勲一等旭日大綬章を贈ったことは、お人好しにもほどがあると思います。
 首相や政府高官が靖国神社に参拝するたびに、A級戦犯合祀問題が蒸し返され、韓国や中国のみならず、彼らに同調する政治勢力やマスコミから厳しい糾弾の声が上がります。
ひとたび「悪人」と決めつけた人物を、死後も永遠に呪い続ける文化に対し、どんな極悪人でも亡くなればすべてを水に流して赦し、その霊を神として慰霊するのが日本文化であることを強く主張できない、これもまさにWGIPの残滓でしょう。
 10世紀に朝廷に反旗を翻し、新皇将軍を名乗って東国の独立を画策した平将門は、今では神田明神のご祭神として篤い信仰を集めています。
また『重衡』という能は、平安時代の末に南都を焼き尽くした平重衡の死後の苦悩を描いた修羅能です。
この演目が興福寺で催されたとき、当時の多川貫主が「重衡のお陰で、すばらしい鎌倉時代の仏像が生まれたともいえますね」と穏やかに仰っていたのが思い出されます。
 日本人がWGIPの洗脳から目覚め、やまとごころを取りもどしたうえで、世界とつきあえる日は来るのでしょうか?
図版;Pal判事
Curtis LeMay将軍
*画像・内容は籔内佐斗司氏よりお借りしました。

 

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