「洋画」カテゴリーアーカイブ

ベルナール・ビュフェ

お世話になります。

東海地方も梅雨入りしました。体調管理にはご留意ください。

そんな中、本日はベルナール・ビュフェです。

一時期病院などに多く飾ってあったり入門編として取り扱いの多い作家でした。

1928年パリ生まれ。多忙の工場経営者の父のもとに生まれ、父親との関係は希薄でした。心の支えであった母を10代で亡くし、ひとりキャンバスに向かうことが多かった。1943年、パリ国立高等芸術学校に入学。1948年、パリで最も権威のある新人賞・批評家賞を受賞。この頃から天才画家として有名であった。硬質で鋭く太い針金のような輪郭線、モノトーンに近い色彩を特色とする独自の様式を築き、その画面には人物の不安げな表情などとあいまって第二次大戦後の作者の不安で荒涼とした心象風景が表されています。女性像のモデルは多くの場合、妻のアナベルで油彩画のみならず、優れた版画も多く制作している。1971年、レジオン・ドヌール勲章を受章。1974年、アカデミー・フランセーズ会員となる。最愛の妻アナベルと生涯を添い遂げる間も彼の孤独が癒えることはなかった。晩年にはパーキンソン病を患い、71歳で自らの命を絶ちました。

ビュフェはあまりにも早い時期に名声を得すぎたためか、後年の作品にはややマンネリ化の傾向が指摘されるなど厳しい見方もあります。日本には早くから紹介され、静岡県長泉町には彼の作品のみを収蔵・展示するベルナール・ビュフェ美術館が1973年開館しました。

ベルナール・ビュフェのお問い合わせ・その他の作家についてはHPのお問い合わせ欄・または090-7681-7598田村までお気軽にどうぞ!

 

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サルバドール・ダリ

お世話になります。西尾展の準備も着々と進む中

本日はサルバドール・ダリです。

どこかで必ずご覧になられていると思います。ダリは、スペインが生んだ20世紀を代表する最も多才な画家であるといえます。

シュールリアリズム(超現実主義)を勉強する時は必ずダリが題材に入ります。
6歳の時に初めて、油彩で風景画を描いてから70歳代後半まで絵画はもちろんのこと彫刻、版画、舞台装置や衣装のデザイン、映画制作と実に幅広い表現活動をしています。
ダリの絵といえば、美術の教科書等で“柔らかく描かれた時計”をみたことを思い出す人も多いと思います。

探究心の強いダリは、印象派、点描派、キュビスムなどの先輩の作風を学び、その影響をうけました。
1930年代は、パリを中心にシュルレアリスム(超現実主義)という芸術運動が盛んであり、ダリもその運動に加わります。

夢と心の奥にひそむ欲望をあばき出すことを絵画の主な目的として幻想的で非合理的な絵画を多く制作するようになりますが、“柔らかい時計”はその頃の代表的な作品なのです。
ダリの、この旺盛な創作活動を陰で支えたのが、妻のガラでした。ガラをモデルにした作品もたくさんあります。ダリは、「ガラ以外は、全て敵である。」、「私の全ての絵画はガラの血で描かれた。」と述べているほどの結びつきでした。
その後もヨーロッパ各地、そしてアメリカでの大回顧展の成功、美術館の完成と名声を高めていきます。

「天才を演じきると天才になれる。」といったダリの言葉が多岐にわたる表現活動と彼の生きざまを表しているといえます。

今日では、ダリの上向きにピンとはねたカイゼル髭と目を大きく見開いた顔は「アート」そのものとして認知されるほどの人気であり、スペインのシンクロナイズドスイミングチームが水着の柄に採用して競技会に出場したことがある。口ひげの形をどうやって維持しているのかと質問された際に「これは水あめで固めているのだよ」と答えたと言います。

現在ダリの在庫は持ち合わせてはおりませんが、作品の入手経路は持っておりますので対応は可能でございます。

また他の作家・作品の詳細・お問い合わせ等は

090-7681-7598 田村までお気軽にどうぞ!

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ピエール=オーギュスト・ルノワール

お世話になります。昨日の風で桜も桜吹雪になってました。もう次の季節へのステップに入ってます。前回掲載しましたイカールのお問い合わせを数件頂戴致しました。ありがとうございます。在庫情報に関しましては、同業者様や諸々の兼ね合いでOPENにしておりませんので、ご了承の程お願い申し上げます。また、お客様を装い連絡を入れてくる業者様にもご遠慮頂くようお願い申し上げます。

鶴田一郎美人画の世界に向けて、原画もぞくぞく入荷しております。出展の有無は状況を見てからになりますが、最新作の原画・最新ドローイングの原画・そしてビンテージな原画と組み合わせは面白いと思います。会場が前回のような規模ではございませんのでビンテージ系は展示しないケースが多くなると思います。展示会場でお尋ねくださいませ。

そんな中、本日はピエール=オーギュスト・ルノワールです。

皆さんもご存じのルノワール。

4/27より国立新美術館でルノワール展を開催されますので是非ご覧になられてください。内容はオルセー美術館・オランジュリー美術館所蔵の作品ですのでGOODです。

ルノワールは1841年、フランス中西部の町リモージュに生まれ、仕立屋の父とお針子の母に育てられます。13歳で磁器の絵付け職人になりますが、産業化の影響による絵付けの仕事の減少を受け、惹かれていた絵画の道へと向かいました。

20歳でパリのシャルル・グレールのアトリエに入ったルノワールは、モネやシスレーらと出会い、印象派の活動に参加します。印象派は1874年から1886年まで計8回のグループ展を開催していますが、ルノワールはそのうち4回参加しています。1870年代のルノワールは、都市風俗や郊外の行楽地、女性像などを明るい色彩と活き活きとした筆遣いで描き、肖像画家としても成功をおさめました。

1880年代初頭にイタリアを旅したルノワールは、ラファエロの絵画や古代ローマの美術といった古典的な芸術に魅了されます。この経験が、印象派に行き詰まりを感じていた40代の画家にとっての転機となり、新たな手法を求めて試行錯誤を繰り返しました。この時代には厳格な輪郭線と量感表現によって制作を行っていますが、このようなスタイルは「アングル様式」と呼ばれています。

その後、50歳を前にしてリウマチを患うと、温暖な気候を求めて南フランスのカーニュ=シュル=メールに拠点を移します。地中海沿岸の強い光と豊かな自然に刺激されたルノワールは、痛む右手に絵筆を縛りつけて精力的に制作に取り組み、溶け合うような柔らかなタッチと色彩が響き合う女性像や裸婦像を生み出しました。こうした作品は批評家やコレクターの絶賛を浴び、後世の画家にも強い影響を与えました。

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荻須高徳

お世話になります。昨夜からの雨で桜も散っちゃうかな?

本日は愛知県が誇る作家の一人 荻須高徳氏です。

ヨーロッパ・フランスでの制作活動は有名で後に同国大統領となるシラク・パリ市長(当時)は「最もフランス的な日本人」と彼を評したことでも有名です。亡くなる一週間前ほどに同年の文化勲章受章が内定していたため、11月3日には死去日にさかのぼって同章が授与されました。

1901年(明治34年) 11月30日、現在の稲沢市井堀町に、古くから続いた地主の家の次男に生まれる

1922年(大正11年) 21歳 東京美術学校西洋画科に入学

1927年(昭和2年)  26歳 フランス留学

一足先にパリに着いていた佐伯祐三夫妻をめぐる若き友人としての交遊は翌年8月に佐伯が客死するまで続く

1928年(昭和3年)  27歳 初めてサロン・ドートンヌに入選

1930年(昭和5年)  29歳 パリ コルベール画廊にて初個展

1936年(昭和11年) 35歳 サロン・ドートンヌ会員に推挙される

1940年(昭和15年) 39歳 13年ぶりに帰国

「モンマルトル裏」文部省買い上げ、現在東京国立近代美術館所蔵

1941年(昭和16年) 40歳 日本橋三越で日本初個展

大阪松坂屋・名古屋松坂屋で滞欧作品展開催

1944年(昭和19年) 43歳 横江美代子さんと結婚

1948年(昭和23年) 日本の画家として戦後はじめてフランス入国を許され12月パリ着

1956年(昭和31年) 55歳 フランス政府からレジオン・ドヌール勲章を授与される

1972年(昭和47年) 71歳 4月、勲三等に叙され、旭日中授章を授与される

1974年(昭和49年) 73歳 パリ市からメダイユ・ド・ベルメイユを贈られる

1981年(昭和56年) 80歳 文化功労者に顕彰され一時帰国

1983年(昭和58年) 82歳 生地の愛知県稲沢市に「稲沢市荻須記念美術館」開館

1986年(昭和61年) 85歳 10月14日、パリのアトリエで死去

11月、文化勲章受章

荻須高徳の作品のお問い合わせ 090-7681-7598 田村まで

 

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香月泰男

お世話になります。

本日は香月泰男です。

個人的にも大好きな画家さんです。

香月 泰男 プロフィー

1911年 山口県に生まれる。
1934
年 「雪降りの山陰風景」で国画会に初入選。
1936
年 東京美術学校油絵科を卒業。北海道庁立倶知安中学校に美術教師とし           て赴任。
1939
年 梅原龍三郎、福島繁太郎の知遇を得る。「兎」第三回文展特選。
1945
年 セーヤ収容所に入れられる。
1947
年 帰国。下関高等女学校に美術教師として復職。
1968
年 西日本文化賞受賞。
1971
年 安井賞選考委員を委嘱される。
1974
年 死去。勲三等瑞宝賞受賞。

黒と褐色を中心にした暗鬱な色調でおおわれた画面、木炭や方解末を混ぜた油絵具を塗り重ねていく独特の手法。香月泰男の〈シベリア・シリーズ〉は、彼がシベリア抑留中の記憶をもとに命をかけて制作したともいわれ、類をみない作品群です。その一点一点が、シベリアでの鮮烈な記憶、体験を物語っており、作品としての造形的な美しさと力強さをたたえています。

是非本物の作品をご覧になられてください。

作品に力があります。

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